2019年6月にシカゴで開催された Retail-X の概要
2019 年 6 月 25 日から 28 日の 4 日間でシカゴのマコーミックプレイスで開催された Retail-X は、EC 業界ではお馴染みの IRCE(インターネットリテイラーのための勉強会と展示会)と RFID のイベント、さらに小売デザインやテクノロジー、店内マーケティングのためのイベントである GlobalShop の 3 つのカンファレンスを統合したイベントになりました。
4 日間参加した上での正直な感想は、EC が小売に飲み込まれた、ついに来てしまったな・・・という感じです。
全体的な所感とセッション全体の印象
所感をまとめると、
- マコーミックプレイスの会場が昨年より 2 倍以上になり、歩く距離も 2 倍以上になりました。イベント側の発表では 2 万人以上の参加見込みとのこと。
- キーノートは EC テクノロジーというより小売業向けにアレンジされており、セッションはより実務寄りになりました。
- ドローンや IoT、VR といった最新テクノロジーは一部のみで、腰を据えた感じになっていました。
- イノベーションバレーというテーマでイノベーションが多発的、連鎖的に起こるイベントにしたいという気持ちとしては、派手さはなくちょっと物足りない感じ。バルセロナで行われた MWC の方が、5G がメインということもありかなり先進的でした。
参加した所感は、このような感じです。
キーノートや気になったセッションから川連一豊なりのまとめとすると、以下の 6 つです。
- アマゾンが強すぎる。セッションの数も展示も多すぎる。
- データ会社ではなくエクスペリエンス会社になるべき。リアル店舗はメディアになる。
- 言いやすいのか、「オムニチャネル」というキーワードが復活。
- Instagram といった SNS は変わらず。Linkedin が少しだけ目立つ。展示では Pinterest は無くて、1 つのセッションのみ。しかも人気のキーノートの裏側で実施という寂しさ。
- AI は普通にセッションや展示が行われており、AI を使ったマーケティングで売上をアップしている事例が出ていた。
- RFID 関連はとてもおもしろい。棚卸しロボットやハンガー RFID などが出ていた。
「小売再生 リアル店舗はメディアになる」の著者ダグ・ステファン氏によるキーノート
初日に行われたキーノートが IRCE に参加した日本メンバーの間で最も評判が良かったということですので、この内容を中心に IRCE のサマリーをお伝えします。
プレスカンファレンスの最初のキーノートが、ダグ・ステファン氏(Doug Stephens)による「The Future of Retail in a Post-Digital World」(ポストデジタル世界の小売の未来)です。
ダグ・ステファン氏(Doug Stephens)は、世界的に有名で各国で本を出しています。日本でも「小売再生 リアル店舗はメディアになる」の著者として知られています。セッションでは「実店舗のメディア化」について紹介していました。
Amazon や中国アリババといった大手Eコマース事業者や米国で DNVB(Digital Native Vertical Integrated Brands)と呼ばれるミレニアル世代をターゲットとするオンラインで誕生したブランドが、積極的なオフライン展開を進めてきており急拡大しています。背景には、2033 年にはネットの流通額がリアルの流通額を上回るとされていることもあります。
この DNVB というキーワードは今回の Retail-X において様々なセッションで耳にしました。それもそのはずで、この DNVB は 2 日目のキーノートで講演した Bonobos の創業者である Andy Dunn が作った造語です。DNVB とは「デジタル・ネイティブを起点に生まれたバーティカル・カテゴリーに特化したブランド」のことを言い、別名「v-commerce brand」とも言われています。今までの Eコマースに乗っかるだけの形態と区別されています。
DNVB(Digital Native Vertical Integrated Brands)を定義してみると、
- 「製造直販」をテクノロジーで可能にしており粗利率が高い。
- インフルエンサーが SNS 上のユーザー起点のコンテンツでファンに対してブランド体験を拡散する。
- Amazonや各モール、通常のEコマースと競合しない「第 3 の流通チャネル」。
- スタートアップの起業マインドで届けたいアイテムやサービスに対する気持ちが強い。
- ファンになっている顧客情報をちゃんと保有。
このような定義になると考えられます。
米国ではリアル店舗が業績不振や倒産などでどんどん閉店している状況がある中、小売企業やブランド企業は Amazon やアリババなどオンラインだけでなく実店舗においても対抗する必要に迫られています。そのため、今まで小売やブランドはリアル店舗を「商品のマーチャンダイジング」「商品情報の提供」「商品販売」と位置付けていたのですが、これからはリアル店舗を自社で持つ最大の「メディア」として活用する時だとしています。
実際にトラフィックや滞在時間を比較すれば、どのメディアよりも実店舗はエンゲージメントが高くなっています。より実店舗を魅力的なメディアとしていくためには、「驚きサプライズ(Surprising)」「唯一のユニーク(Unique)「パーソナライズ化(Personalized)」「エンゲージメントを構築(Engaging)」「リピートされやすい(Repeatable)」などお客様の体験構築にフォーカスする必要があり、「素晴らしいカスタマーエクスペリエンス」を提供していかなければならないとしています。
Strategic Guidance for the retail C-Suite(最高のお客様のための小売の戦略ガイダンス)のセッションでは、E コマース事業者が今後 2 年の間に注力するであろう Eコマーステクノロジートレンドについて解説していました。
そこではオムニチャネル強化やデータ分析ツール、店舗のデジタル化などいくつか挙げていましたが、その中でも特に「Personalization (パーソナライズ化)」から「Individualization (インディビジュアル化)」へのシフトを行うことが、より良いユーザーエクスペリエンスを構築する上で重要になるとしています。
Framebridge の SEO スーザン・タイナン氏によるキーノート
3 日目のキーノートで公演されたスーザン・タイナン氏(Susan Tynan)を CEO とするFramebridge は、顧客体験に注力することにより過去 5 年間で急成長を遂げました。Framebridge はフレームを購入してそこにお客様の様々な思い出やアイテムをセットするというサービスです。お客様のことを優先的に考えることは当たり前ではあるはずですが、それはとても難しいことと指摘していました。それを実現させるための 5 つのポイントとして、
- 会社の利益よりも消費者が求めているものを提供する。
- 感情を消費者へ伝える。
- 顧客が求めているものを一番のプライオリティとして取り組むこと。
- データ上の数字に惑わされないで、顧客の声を聞くこと。
- 競合ベンチマークは、企業や業種関係なく自社で重視する体験やサービスを得意とする企業をお手本とする。
などを指摘していました。
IRCE@Retail-X全体でも、カスタマーエクスペリエンスの大事さを伝えていたと思います。
ニューヨーク視察
実は、IRCE@Retail-X に参加する前にニューヨークへ行ってきました。様々な方から最近のニューヨークは見ておいたほうが良いと言われて弾丸で行ってきました。ニューヨークのナイキや最新ショッピングセンターのハドソンヤードは、まさしくメディア化と言ってよいです。そのような意味で、ニューヨークの視察とシカゴのカンファレンスがつながった感じを強く受けました。
地上 5 階・地下 1 階のビルすべてが NIKE です。1 階のエントランスと地下 1 階の倉庫はいずれもメディア化を狙った感じに作られています。各階ではアプリで情報を得たりフィッティングサービスを受けることができます。また、商品をアプリでそのまま購入して、各階のピッキング場所で受け取ることができます。もちろん、送ってもらうことも可能です。スタッフは呼ばない限り近寄りもしません。
ビルのどこでも買うことが出来るためレジで並ばなくても良く、とても便利になっています。ただ、POS レジは 1 台だけ用意されており、アプリを使わない方も購入できるようになっています。これまでと比べると、レジで並んで購入しなくても良いので、本当に楽だなと感じてしまいます。
ハドソンヤードの最新ショッピングセンターは NIKE を含め、フォトスポットや Instagram を意識して至る所で撮影したくなるように設定されています。以前からそうでしたが、米国では日本と違い、店頭・店内いずれでも撮影 OKですので、隠し撮りなどをする必要がないためとても好感です。
日本でもインスタ映えを狙って店舗づくりをされているところも増えていますが、「メディア化」を最大限に考えてお客様のタッチポイントを見直す必要があると思います。さらに、拡散してくれたユーザーの情報もデータ化してパーソナライズ化、インディビジュアル化を進めていくというのが今回の大きなテーマだったかと考えられます。
Retail-X に参加して思ったのは、ECというくくりが溶けて、リアルの小売業も含めていよいよ「コマース」になるという、今後急展開するイメージを肌で感じたということです。